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情報は旅の楽しさを奪う。

以前も似たようなことを書いた記憶があるのだが、今の時代に知らないでいるというのはとても難しい。ちょっと旅行に行こうと思えば、行く前に疑似体験したと思えるくらい、の情報があっと言う間に手に入る。他の人がどうかは良く分からないが、私に関して言えばこれはとても迷惑な話だ。 林の中を抜けて尾根筋にでる。当然、そこには見晴らしがいい場所が待っているわけだが、実際に其の場所で見るのと写真で見るのとでは、本来受け手の感動はまるで違うものの筈。ところが事前に写真を見てしまうと、その場に立ったときの感動が大幅に少なくなってしまう。 旅の面白さの本質とはなんだろうか?私は未知のものに出会うことにこそ旅の本質があると考える。知っている場所に行くときに”旅”とは呼ばないだろう。一度訪れた土地でも再訪した時には前回出会えなかった事物との出会いがあったりする。それが楽しみなのでは? だとしたら便利すぎるガイドブックはいかがなものだろう。知りたいのは「どこに行けば美しい紅葉が見られるか」であって「どんな紅葉が見えるか」ではない。むしろ「どんな」に関しては知らないほうが良い。其のほうが一層感動が味わえる。 海外旅行に関して言えばLonely planetを利用することでだいぶ解決された。だが国内の旅行に関してはかなり難しい。山なら地図を地形図にするなど、まだ方法はある。 それが旅になると嫌でも写真満載のパンフレットが目に入ってしまう。 情報が限られた江戸時代。松尾芭蕉が松島を見たときの感動を、今の私たちは味わうことはできない。松島はどんなところで、どんな景色をみることが出来るか知っているから。これは幸せなんだろうか?