翻訳を待つより、原書を読めるようになりませんか?

洋書の多読を始めてみると大きな変化がある。特に頭の中で英語⇒日本語への翻訳がされなくなってくる。英語を英語のまま理解することようになる。そ りゃそうだ、わざわざ日本語に直さなくても分る簡単な文章なのだから(o^-^o)でもこれが意外に効く。徐々に難しくしていくので、今までは「そんなの 無理だよweep」と思っていることが自然に出来ちゃう。

「そんな方法では時間がかかってしかたがない」

と思われるかもしれないが、そんなこともない。子どもが言語を習得するのと同様の過程を経るわけだが、一応大人は言葉は何がしかの概念を示している ことをしっている。これを知っているのと知らないのとでは、私は学習速度に大きな違いがあると考える。自分でやっていてそう感じる。

Trail Lifeの翻訳をしてみて「こんなことしているより、多読をやって英語を習得するほうがよっぽど合理的なのでは?」と思えてしまう。

私も含めて、学校で英語が苦手だと感じた人にこそ、多読は有効な学習手段になると思う。アウトドア関係の情報は英語で提供されるものが多い。翻訳を待つより英語を出来るようになっちゃうほうが早いと思う?

翻訳はどんなに上手に訳せても原書とは違います。一生の内で一冊しか読まない言語の本なら翻訳で済ますのもいい。ですが、英語は違うと思います。

コメント

このブログの人気の投稿

私の無駄遣い4 レンザティックコンパス

富士山を登った。

Lonely Planet Japan