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6月, 2009の投稿を表示しています

遊びに行きたい!でも無理orz。

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先週当たりから急に仕事が忙しくなった。のほほんと「任期満了まで行くんじゃない」などと言っていたのだが… これから梅雨が明ければ夏山なのだが、どうも今年は仕事で夏は終わってしまいそうだ。遊びに行く…など許されそうな雰囲気ではない。仲間が北アルプスに行っている頃、私は炎天下で仕事かぁ 。

アナログの良いところ。

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マーケットからは既に骨とう品扱いのアナログカメラだが、今回の台湾旅行で良いところを発見した。写真をとれるということだ。ふざけているわけでは無い。デジタルは故障が多いようなのだ。 私は未だにアナログなので故障などとは縁が無い。撮影に失敗した原因はフィルムを入れ忘れたりなど私が原因の場合ばかり。 ところがデジタルはどうだろう。今回の旅行で12人でデジカメが6台あった。そのうち2台が故障で撮影不能と成った。故障したカメラのいずれもが比較的最近のものだ。デジタルの利便性は招致している。それは分かるがどうも信頼性にかける。 山でも 「カメラが動かない 」 と言っているのを聞いたことがある。どうしてもアナログがバックアップとして必要と思える。当分アナログから離れることは出来ないようだ。アナログも捨てたもんじゃないぞ。 いくら優れたカメラでも、動かなければ只のゴミ

ふろしき

私はアンティークには興味が無い。だが伝統的な物は好きだ。伝統を持つ物は長い時間の取捨選択を生き延びてきたものだ。ゆえに奇をてらった新製品に比べると外れが少ないと思うからだ。無論、外れがないと言うわけでは無いが…。 そんな私が最近風呂敷を使うように成った。昔の使い方そのままにではない。私の使い方としては… 荷物のパッキングの時に衣類をまとめる。 温泉に入りに行くときにバックの代わりとして。 ・・・のような用途だ。 さすがに普段から風呂敷だけというのは厳しい。それでも単純な袋よりも使い勝手はいい。内容物の容積の変動には袋に比べると非常に柔軟に対応できる。やり方を覚えると、袋では対応できないような形態の物まで応用が利く。使わない時は折りたたむ事でコンパクトに成る。この点は旅行などには非常に重宝する。 こんなに便利なのに、なぜ使われなくなってしまったのだろう?不思議だ。万年筆もそうだが使い方が分かると、とても使いやすくなる。逆に使い方が分からないと「何でこんな物が・・・」となる。この最初の一歩が難しい。でも、忘れ去られるにはもったいない。

実が成った!

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表土の代わりにと入れた腐葉土を取り除き、水やりも止めた。すると、不思議と食害もなくなった。旅行から帰ってきたら写真のように小さいながらも実 が成っていた。この大豆には肥料は全く与えていない。土は赤玉土のみ。よくぞ頑張った。可愛そうでちょっと食べられそうもない。 ちょっとピンぼけですが、一応それらしいのがぶら下がっています。 肥料なし、水なしで頑張ってます。こんなに厳しい環境なのに必死に子孫を残そうとしている大豆には感動します。二十日大根も腐葉土を取り除いた後で 種を撒いてみたがちゃんと根をはり生き延びている。こちらも水遣りなし。食害はまだない。このまま虫に食べられないようだと、食害の原因は腐葉土というこ とになる。今まで考えていた農業の常識っていったい何?自然は不思議だ。

使えない外国語教材

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ツアーを途中で抜け出して友人夫妻と台北市内で買物をしている時のこと、ついに恐れていた自体が現実になった。それまで日本語で進んでいた会話がいきなり全て北京語になってしまった。そして私を除く三人での会話は盛り上がる!通訳はしてくれるのだが全く面白くない 。会話の流れに入れないのだから仕方がない。 聞き取れたフレーズから大体の内容は類推できるのだが、到底会話を楽しむレベルでは無い。なんとも淋しいものだ。 NHK中国語で学び始めて4~5年になる。ひととおり本も読めるようになったし手紙も書く。だが道具として中国語を使えているかと言えば、残念ながらNO!とてもコミュニケーションツールとしては使いものにならない。英語の悪夢の再現だ。 日本の外国語教材は著明な学者に書かれているものが多い。それゆえか実用性よりも、言語学としてどうかに重点が置かれている物が多いように思える。 どうも日本人自体が実用的というものを劣ったものと受け取る傾向があるようだ。私にとっては外国語はあくまでコミュニケーションの道具に過ぎない。私は使 えない道具はゴミと同じ考える。したがって日本の外国語教材の大半が私にとってゴミ。 私は外国語の学習は難しいとは思わない。それなりの教材とメソッドさえあれば数年で十分に使いものになると思っている。事実、英語は今回もその成果 を充分に実感できた。機内アナウンスでのやり取りも問題なかった。(中国語の字幕だったが)映画も楽しめた。それに比べると中国語の進歩はあまりにも遅す ぎる。頭に来る。

これが大豆の花?

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大豆の花が咲いている…そうだ。葉っぱの根元になんか出ているなぁ…と思っていたら、なんとそれが花なんだそうだ。地味過ぎてとうてい花とは思えないような代物だ。大豆の花が咲いて、直ぐにこの天気 。大豆はこれから雨が続くことを知っているのか? 今回は腐葉土をかぶせるという余計なことをして、二十日大根は虫に食べられてしまった。この失敗を教訓に次は余計なことはしない。どうやら水遣りす ら必要では無いらしい。自然農法をやってみて、つくづく自然とは良く出来ていると感じる。私が余計なことをしないのが一番のようだ。まだ実ってすらいない のに、今から大豆の収穫が待ち遠しい。とはいっても恐らく数粒の収穫しか見込めない。しかも来年用に採種するつもりなので口に入るのは… 。それでもキャンプなどとは違っていても、自宅の庭で自然の息吹を感じられる自然農法は収穫を抜きにしても面白い。 ちなみに腐葉土を取り除いたら食害は減っている。なんとも皮肉な結果だ。

入梅ですね。

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私の予測では明日が入梅なんですが、どうも1日早く入梅したみたいですね。まぁ誤差が1日なら充分満足 。 ですが…これから約一ヶ月ものあいだ、延々と湿った日が続くのかと思うと憂鬱になってきます。只救いなのが梅雨が長くは無さそうなこと。七月の二週目には(予測では第一週の末)梅雨が開けるでしょうから、正味で一ヶ月我慢すればいいわけです。 問題は夏 。今の時期に充分な降雨がないと、また水不足に苦しむことになりそうです。 ひょっとすると今年の七夕は天の川がみれるかもしれない

好事魔多し?

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カレンダーだと今週末が入梅なのだが、なんとなくそれっぽい天候の日が続いている。入梅の予想は当たったみたいだ…と喜んでいた。そしたら親戚に不幸があり富士登山予定日になんと四十九日の法要をやることになってしまった 。 「なんで…理不尽な 」 と抗議をしても、この日程ばかりは変更にならない。致し方なく山小屋の予約をキャンセルした。別のことでラッキー なことが続いていたのでちょっとショック。次の機会を狙うことにする。 それにしても山小屋のあの混雑は少しは何とかならんのか?日本の山小屋込みすぎ!

案ずるより産むが安し。でも、言うは易し行なうは難し。

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新しいバックパックが欲しい。そう思い出してからかなりの月日が経った。英米豪日台のメーカーのホームページを探し回って何とか自分の要望に近い物を探している。だが無い 。 あることはあるのだが・・・キットなのだ。大量生産しても私の望むバックパックは需要が無いので売れない。現に、さかいやオリジナルのバックパックが私は 気にいって愛用しているのだが、このバックパックは不人気でおそらく原価割れする金額で処分されていたものだ。内側のコーティングが剥がれはじめていて寿 命をとうに過ぎている代物だ。だがこれに代わる物が見つからず、やむ終えず使い続けている。 RAYさんは「案ずるより産むが易し」と言うが、私からすると裁縫は「言うは易し、行なうは難し」なのだ。タープキットも失敗して粗大ゴミにしてしまうのが恐ろしくて、指をくわえて見ているしまつ。自分に裁縫のスキルがあったら… 。不要なものを切り取るだけなら出来るのだけど・・・。自分の欲しい物を自分で作れる人が心底羨ましい 。職人ばかりの一族に、なんで私のような不器用な人間がいるのだろう? などと泣きごとばかりを言っていても、問題は全く解決しない。失敗覚悟でやるしかない 。キットの失敗は痛いので安い布でスキルを磨きましょう いつかはRAYさんのように自分の装備を自分で作った物で揃えたい。とはいっても先は長い道のりだ