使えない外国語教材
ツアーを途中で抜け出して友人夫妻と台北市内で買物をしている時のこと、ついに恐れていた自体が現実になった。それまで日本語で進んでいた会話がいきなり全て北京語になってしまった。そして私を除く三人での会話は盛り上がる!通訳はしてくれるのだが全く面白くない
。会話の流れに入れないのだから仕方がない。
聞き取れたフレーズから大体の内容は類推できるのだが、到底会話を楽しむレベルでは無い。なんとも淋しいものだ。
NHK中国語で学び始めて4~5年になる。ひととおり本も読めるようになったし手紙も書く。だが道具として中国語を使えているかと言えば、残念ながらNO!とてもコミュニケーションツールとしては使いものにならない。英語の悪夢の再現だ。
日本の外国語教材は著明な学者に書かれているものが多い。それゆえか実用性よりも、言語学としてどうかに重点が置かれている物が多いように思える。 どうも日本人自体が実用的というものを劣ったものと受け取る傾向があるようだ。私にとっては外国語はあくまでコミュニケーションの道具に過ぎない。私は使 えない道具はゴミと同じ考える。したがって日本の外国語教材の大半が私にとってゴミ。
私は外国語の学習は難しいとは思わない。それなりの教材とメソッドさえあれば数年で十分に使いものになると思っている。事実、英語は今回もその成果 を充分に実感できた。機内アナウンスでのやり取りも問題なかった。(中国語の字幕だったが)映画も楽しめた。それに比べると中国語の進歩はあまりにも遅す ぎる。頭に来る。
聞き取れたフレーズから大体の内容は類推できるのだが、到底会話を楽しむレベルでは無い。なんとも淋しいものだ。
NHK中国語で学び始めて4~5年になる。ひととおり本も読めるようになったし手紙も書く。だが道具として中国語を使えているかと言えば、残念ながらNO!とてもコミュニケーションツールとしては使いものにならない。英語の悪夢の再現だ。
日本の外国語教材は著明な学者に書かれているものが多い。それゆえか実用性よりも、言語学としてどうかに重点が置かれている物が多いように思える。 どうも日本人自体が実用的というものを劣ったものと受け取る傾向があるようだ。私にとっては外国語はあくまでコミュニケーションの道具に過ぎない。私は使 えない道具はゴミと同じ考える。したがって日本の外国語教材の大半が私にとってゴミ。
私は外国語の学習は難しいとは思わない。それなりの教材とメソッドさえあれば数年で十分に使いものになると思っている。事実、英語は今回もその成果 を充分に実感できた。機内アナウンスでのやり取りも問題なかった。(中国語の字幕だったが)映画も楽しめた。それに比べると中国語の進歩はあまりにも遅す ぎる。頭に来る。
コメント
コメントを投稿