トレイルライフへようこそ。

トレイルライフへようこそ。
私は旅が最良のものと成ることを望んだ…自分自身の内面への旅が。
シャーリー・マクレーン
1991年に先だって、この本の最初の版が(別のタイトルで)出版された際、軽量な装備でハイキングをすることは実質的に前例の無いことであった。
皆、重い皮製の靴でとぼとぼと歩いていた。
それがバックパッキングであった。
肩や膝の痛み、靴ズレ、それに疲労を気にすることはなかった…それらは体験の一部をなすものと考えられていたのだ。
扱いにくい道具にも関わらず、私はバックパッキングが好きだった。そして殆どの人達を同じように、私も少なくとも幾度かのキャンプを贅沢に楽しんだ。
しかし、経験を重ねるに連れ、私は典型的な重い装備を運ぶことが不快だと思うようになった。
私とって大量の重装備は何でもかんでも一緒クタに持っていくやり方を連想させる…と自分の経験から判じるようになった。
それで私は、快適性と安全性と犠牲にすることなく、ハイキングを容易にする方法を探し始めた。
1960年代までの数十年で、私は自らのエネルギーを主に冒険へと投じた。このことは私に自らの航空宇宙工学の経験を野外で使用する軽量な道具や衣類の設計・製作に活用する豊富な機会を提供し、次第に私のハイキングやキャンプの技術を改善することとなった。
1987年から1994年の間で私と妻のジェニーは、2000マイルに及ぶ5度の夏の長期の旅を含めて、15000マイル以上のハイキングを行なった。
数回の長期の旅を通じて、私は自らの装備と方法を改善を前提として検証した。結果としてこれらの旅は私のアイディアを試す、数ヶ月に及ぶ市場テストの場となった。
これらのアイデアは有効なものでなければ成らなかった。なぜなら私達はこれらを頼りにしていたのだ。
だが幾度かは巧く行かなかった。そんなときはいつも、次の旅で試すアイデアを家へと持ちかえろうと思っていた。私はミニマリズム(装備を最小限にすませること)に興味は無い、只単に不必要なものを減らしたいだけなのだ。
そして、私はこの削減方法を思慮深く上手に適応することで、実際にトレイル上で我々の安全性と快適性を高められることを発見した。
改良の過程は進歩的であり、幾度となく検証と改良を経た軽量なバックパッキング装備システムと哲学を導き出した。
私達はこれらのハイキングを大いに楽しんだ、そして今日でもまだ(特に軽量化されたバックパックで)バックパッキングを楽しんでいる、
しかし自然の中で、私が注意を注ぐべき対象は装備ではなくなった。
代わりに注意を注ぐべき対象は自然界の楽しみと冒険である。
私の装備に関して言えば、旅の楽しみを補助するもの以上の意味は無い。
これは私達の取り組み方に基本的な方向性をもたらし、私達の大自然での冒険にそれまで以上に大きな意味を加える。
私達はトレッキングを単に物理的に道にそって歩くこと、キャンプをテントを張りその中にこもること…ではなく、それ以上のことと見なしていまる。
より重要なことは自然の中での私達の存在であり、いかに自らの荷物を運び、いかに景観に負荷をかけずに移動し、いかに共に心躍らせるかと言うことなのだ。
これはネイティブアメリカンや世界中の先住民にとって一般的な命題である。
このコンセプトを実践に実行に移す事は我々の周囲の世界、私達の世界との関係性、そして私達の内なる自然について、偉大なる認識と歓喜をもたらす。
これこそ私達の旅、軽量化された装備、技術、方法など全ての背後にある方法論なのだ。
この本は私達のトレイルライフ、すなわちいくつかのバックパッキングとその他の大自然での冒険、そして、それらで得た経験に関してのものだ。
そう、この本は装備や私達の装備や技術に関してだけではなく、何が私達にとって真に有益なのかという視点からのものなのだ。
もし読者がこの本からいくつかでもアイデアを得られるのなら、それに越したことはない。
しかしもっと良いのは、自分自身の選択と判断で最善の物を見つけ出すことなのだ。
だから自ら考え、あなたの旅を安全で楽しいものとして欲しい。
自然をいたわり、未来の世代のバックパッキングの楽しみを損なうことなく残さなければならない。
そして、ひょっとしたら途中で、あなたに偉大なる認識と大自然の喜びを与えてくれる、あなた自身の道を見いだす機会に出会うかもしない。

コメント

このブログの人気の投稿

私の無駄遣い4 レンザティックコンパス

富士山を登った。

Lonely Planet Japan