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9月, 2010の投稿を表示しています

登山靴やハイキングシューズの疑問 2/2 なぜ靴底は硬い?

登山靴の靴底は硬い。 力任せに曲げようとしてもダメ。 それもそのはず。 靴底にはシャンクというプラスチックや鉄の板が入っているのだ。 でもなんで? 本を読むと「足の保護」と書いてある。 足の保護? でもそんなものなくても長靴や地下足袋で山に来ている人もいる。 本当は必要ないんじゃないか? メーカーが高いのを買わせようと…。 違った。 本当に必要なので入っているのだ。 先日、下りで「パン!」と乾いた破裂音が、左足の裏から聞こえた。 同時に激痛。 うめき声が出た。 どうも足の裏の筋肉が肉離れを起こしたようだ。 あまりに音が大きかったので、筋肉がちぎれたのかと思った。 このときの靴は底が良く曲がるトレッキングシューズだった。 いつも足の裏の筋肉を鍛えている人なら山道でも問題ないのだろう。 私のような足の裏の筋肉が鍛えられていない人間だとこういうことになるのか…と痛みと共に実感した。 結論: 確かに硬い靴底には意味がある。 特に私のような人間には必要だ。 山登りには、それようの靴を使うほうが良い。 痛い思いをしたくなければ。 場合によっては命取りになりかねない。 さもなくば足の裏の筋肉も鍛えること!

登山靴やハイキングシューズの疑問 1/2 なぜハイカット?

なぜ皆ハイキングにハイカットの重たい登山靴やハイキングシューズを履いているのか? なんであの形なのか? これらの質問に明確に解答しているのを、私は聞いたことがない。私は疑問だった。なので色々と実験してみた。その結論結果として、現在のハイキングシューズなどは極めて合理的に出来ているとの結論に至った。以下に私なりの結論を述べる。無論私の結論が正しいという保障はない。 疑問 1:なぜハイカットなのか? 疑問に思ったことはないのだろうか?普通に考えたらハイカットにすることで、足首の動きは制限され、間違いなく歩きにくくなる。私はかなり以前より疑問に思い、自分なりに資料を集めたり実験をやってみた。良く言われるのは足首の関節の保護だ。ハイカットにすることで足首の捻挫を予防するというもの。確かに皮製の登山靴などでは足首の保護もされるように思える。ところが、同じ足首の保護を考えても良さそうな、バスケットボールのシューズは昔はローカットだったのだ。それに、もし主たる目的が足首の保護ならもっとかっちりとした構造にされるはず。ハイキングシューズなどでは、どう考えても足首の保護を謳うには貧弱すぎるものがある。 私の結論 足首の保護に関しては、確かにその機能もあるだろう。だが一義的な機能ではない。ハイキングシューズ、登山靴に共通して考えられるのは、英語でBlack Nailと呼ばれるものの予防だ。下山時に靴の中で足が滑り、つま先に衝突。その結果、爪が内出血を起こしたり剥がれ落ちたりする事を言う。これを防ぐにはハイカットにすることが一番合理的な解決方法だ。ハイキングシューズに関しては、これと若干の足首の保護となる。登山靴の場合には更に岩場での足首のサポートだ。小さなフットホールドにソールのエッジを引っ掛ける場合に、足首を靴が固定してくれた方が疲労が少なくすむ。これが極端になるとアイスクライミング用のプラスティックブーツのようにガッチガッチに足首を固定するようになる。フロントポイントのみで氷壁を登る際には、そのほうが好都合なのだ。よく言われる足首の捻挫の・・・がハイカットをデザインに採用している一番の理由とは私には思えない。

お引越し準備中

パソコン通信の頃から付き合ってるニフティだけど、いい加減うんざりしている。というのも、何かと制限が多い。携帯からのアクセスをカウントしない。などなどサービスに満足できない点があるから。 携帯で自分のブログを見てみたら、しっかりグーグルの広告が表示されていた。要は自分たちが稼ぐのを邪魔するなと言うわけだ。他人のブログで広告出しているくせに…[E:pout]。 ということでブログサイトの変更を検討中です。引越し先としては海外のブログサービスかな?有料にしても安いし、サービスの制限も少ないから。もちろん今までのも、タグをつけてもって行きます。
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「日本の自然は優しい」 と言うのを聞くことがある。一見すると確かに、日本の自然は人間に対して当たりがソフトだ。だがこれはあくまで一見ソフトであるだけ。優しくはない。自然はどこに行っても同じ。私はむしろ海外に比べて怖い。 なぜか? 境目がはっきり分からないから。 海外だと境目がはっきり分かる。 「ハイカーはここまで。これ以上はクライミングの技術を持った人のみ。」 とはっきり境界線が出来る。日本は違う。普通にハイキングのつもりで行って、いきなり岩登りの技術が必要になったりする。あるいは、昼間の天気がよければ普段着で大丈夫で、夕方になったらいきなり冷え込み冬山に化ける。 このあいだの富士山の遭難騒ぎなどその最たるものだ。優しそうに「おいでおいで(^_^)/~」と招いておいて、いきなり牙を剥く。運が悪ければ 帰って来られない。確かにフラフラと迷い込んだ遭難者にも非はあるだろう。だが日本の自然がそうゆう面を持っていると知らないのだから、責めるのも酷かも しれない。 昨今は登山者の利便性のためか、道標などが完璧と言って良いほど整備されている。これなども親切心からなのだろう。だが、ひとつ間違えると遭難者を死へと導く罠と成ってしまう。 道標や案内板がなければ自分で地図やコンパスでナビするしかない。それが出来る人間が道迷いするとは考え難い。入り口が狭いことで遭難する可能性のある人を未然に選別しているわけだ。 今年も200人を越える遭難者が出た。そのうちには、帰らぬ方も相当数いるらしい。皆が甘く見ていたとは思えない。それでもやはり甘く見ていたという人が、相当数いることは間違いないだろう。 日本では危険を除去しようと努力する。川で子どもがおぼれれば、川の管理者の管理責任が問われる。私などは、川の管理責任を言う前に子どもに泳ぎ方を教えるなりする方が合理的だと思う。でもそうはならない。危険を放置することが悪いそうだ。 しかし、山から危険を危険を除去するなど不可能だ。こちら側で危険に対処する方法を学ぶしかないのだ。過保護な環境になれた日本人が自然の中に出て行く…事故がおきるのはある意味当然なのかもしれない。

Mountaineering: The Freedom of the Hills

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Mountaineering: The Freedom of the Hills 今まで読んだアウトドア関係の書籍の中で、最も素晴らしいと思っている。これに勝るものは今のところない。バックパッキングに関する書籍でも、必ずと言って良いほど参考文献としてリストに載っている。この本で得られる知識を日本語の書籍から得ようとすると、どう頑張っても10倍になってしまう。費用対効果でこれ以上のものはないだろう。 内容はアメリカでのハイキング~登山に必要な知識を過不足なく扱っている。この本で足りないと思うなら、巻末の参考文献を購入するだけで必要にして十分な情報が得られる。最初に買う本として最高のもの。数年ごとに改定され時代に即したものとなっている点でも素晴らしい。必読書と言っても良いと思う。 残念なのは英語と中国語(繁体字)だけだということ。日本語で読めると良いのだが…。日本では必要のない氷河の記述がある。それと気象の記述に関しては若干の注意が必要。そのまま日本には適応できないものもある。 ぼちぼち改訂されるらしい。もちろん私は買う。

モンベルアウトレット

モンベルのアウトレットを取り扱う店があったので行ってみた。もちろん金額的に折り合いが付けば一そろい買い揃えるつもりだ。ストックの値段を見ると、どうもおかしい。どう考えてもアウトレットの値段ではない。えらく高い。しかも品揃えに違和感がある。 おかしいと思い店員に尋ねるた。 「アウトレットではありません。正規品です。」 との答え。 確かにシャツなど、アウトレットだと思われるものもある。だがそれはあくまで少数。それ以外の正規品、あるいはアウトレット向けに開発しました…と言わんばかりの商品が殆どだった。なぜアウトレットでないと分かるか。品揃えだ。アウトレットとは本来は傷物や型落ちなどで、店頭では販売が難しくなったものを呼ぶ。したがってメーカーにとってはありがたくない在庫だ。メーカーにすれば少なければ少ないほどいいモノ。それがアウトレット。メーカーはアウトレットを可能な限り減らす努力をする。よって量が多いはずはないし、品揃えが全サイズ揃うなどあるはずがない。ところが、この店には一番売れ筋でアウトレットが出たとしても、直ぐに売切れてしまうはずのサイズがキチンと揃っている。 このことが意味することは… 1. メーカーの生産管理が行き届かず不良品ばかり作っている。 2. 販売予測がでたらめで、在庫がだぶついている。 3. アウトレット店向けに開発された商品 のどれかしかない。1&2は会社の経営は順調だとのことなので考えられない。したがって3が答え。 店内を調べると感触としては、9割は本来ならアウトレットとは呼べないもののように見受けられた。この段階で買う気が失せた。アウトレットを買うのは使用上問題のない品物が、非常に安価に手に入るからだ。そうでないなら、スーパーで安物を買うのと差はない。 帰ってきて考えると本来のアウトレットである筈がなかった。モンベルは私の知っている範囲でも3店舗アウトレット品を扱う店を出している。どう考えても、それほどのアウトレットが現状の生産工程では出るはずがないのだ。ということはアウトレットと言って、専用に開発した製品を販売しているに決まっているのだ。 結局、シャツ1枚を買っただけ。何のために長距離走って、わざわざ出向いたのか分からない一日だった。えせアウトレットなら行く意味はない。

旧暦カレンダーは意外に使える。

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この4~5年、旧暦を使っている。最初は半信半疑だったが、使ってみると予想以上に使い勝手が良い。最近になって「季節がカレンダーに合わせてやってくる」という感覚が分かる様になってきた。 「春には1週間以上ある。コートを仕舞うのはまだ早い。もう一回くらいは寒の戻りがある」 そう言うとホントにある。 「ぼちぼち立秋だから暑さも峠を越したな」 と思っていたら、日中は相変わらずの暑さだが朝晩は大分涼しい風が吹くようになってきた。なんともよく出来ている。 旧暦カレンダーに合わせて衣替えをする。 旧暦カレンダーに合わせて種を蒔く。 日本人…というよりアジア人の知恵の深さを知る。 年中行事ぐらい中国のように旧暦で祝えばいいのだ。 それだけで季節感はずいぶんと変わったものになる。 使っているうちに季節の移ろいに敏感になるようだ。 これはキャンプなどにも使える。 そろそろ梅雨も終わる。 天候が安定し、この頃なら大丈夫。 そんな見通しが立てられる。 ただし、1年使っただけで分かりはしない。 何年か使って見る必要はある。 先日の富士山の際も当然利用した。当日は旧暦では七夕。雨天の可能性はまず無い。そう読んで予定を組んだ。実際、良すぎる位の好天に恵まれた。 旅行、ハイキングなどでは、かなり前から宿泊施設の予約などしなければならない。シーズン中だとそうでないと予約が取れない。これからだと紅葉だろう。予定を組む際に事前に天候がかなりの確率で予想できる…これは非常に有利だ。 ただし、買ったから直ぐに読めるとはいかない。やはり何年か経験が必要なようだ。旧暦カレンダーが提供してくれるのは、あくまで基準。当然年毎のブレがある。今年はどんな傾向にあるのか…それをカレンダーを基準として、自分の過去の経験を加味して読む。やってみると分かるが、段々読めるようになってくる。季節の移り変わりの感覚が徐々に鋭敏に成っていくのが自分で分かる。そうすると色々応用が広がってくる。 ちなみに最近は長期の天気予報を当てにしなくなった。それより自分の読みのほうが当たるのだ。私の予想では、これから一週間ほどで一気に気候が秋めいてくるはずだ。果たして結果はどうか? 私は今、紅葉を見に行く計画を立てている。いつ頃が身頃か、天候が安定するのは…旧暦を頼りにして。 下の本は私が読んだものと、その続編。私は旧暦カレンダー...

悪魔の誘惑→夏の夜の夢

最近、雪山を登っている夢をかなりの頻度で見る。なんと言ってもこの暑さ。雪山が恋しくなろうというものだ。 そんな折に、悪魔の誘惑としか言いようのない物が、アマゾンのお薦めメールで届いた。 タイトルは”Five Big Mountains: A Regular Guy's Guide to Climbing Kilimanjaro, Aconcagua, Vinson, Elbrus, and Orizaba ” これがヒマラヤの8000M峰のガイドブックなら最初から無理と分かっているので興味も持たない。ところが、このガイドブックは絶妙な選択だ。これなら、へたれの私でも十分ピークを踏める、あるいはちょっと頑張れば行ける…そう思ってしまうレベルの山を選んでいる。 キリマンジャロはトレッキングピーク(クライミングが必要でない山)として有名で、私もいずれは登りたいと考え情報を集めている。高度順応さえ下手を打たなければ十分登頂可能との感触。エルブースも一時可能性を検討したが情報が少なすぎて断念した経緯がある。 そんな私にこのタイミングで…これは神の啓示に違いない!買わねば! カートに入れて、いざ買うぞと決めた瞬間…購入ボタンを押す直前にはたと気づいた。親族の許可が絶対に下りないことを…orz。二度と遭難騒ぎはまかりならんと制約したのだった。すっかり忘れていた。 正に夏の夜の夢だった(T_T) 頼むから、早く涼しく成ってくれ。