「日本の自然は優しい」
と言うのを聞くことがある。一見すると確かに、日本の自然は人間に対して当たりがソフトだ。だがこれはあくまで一見ソフトであるだけ。優しくはない。自然はどこに行っても同じ。私はむしろ海外に比べて怖い。
なぜか?
境目がはっきり分からないから。
海外だと境目がはっきり分かる。
「ハイカーはここまで。これ以上はクライミングの技術を持った人のみ。」
とはっきり境界線が出来る。日本は違う。普通にハイキングのつもりで行って、いきなり岩登りの技術が必要になったりする。あるいは、昼間の天気がよければ普段着で大丈夫で、夕方になったらいきなり冷え込み冬山に化ける。
このあいだの富士山の遭難騒ぎなどその最たるものだ。優しそうに「おいでおいで(^_^)/~」と招いておいて、いきなり牙を剥く。運が悪ければ 帰って来られない。確かにフラフラと迷い込んだ遭難者にも非はあるだろう。だが日本の自然がそうゆう面を持っていると知らないのだから、責めるのも酷かも しれない。

昨今は登山者の利便性のためか、道標などが完璧と言って良いほど整備されている。これなども親切心からなのだろう。だが、ひとつ間違えると遭難者を死へと導く罠と成ってしまう。
道標や案内板がなければ自分で地図やコンパスでナビするしかない。それが出来る人間が道迷いするとは考え難い。入り口が狭いことで遭難する可能性のある人を未然に選別しているわけだ。
今年も200人を越える遭難者が出た。そのうちには、帰らぬ方も相当数いるらしい。皆が甘く見ていたとは思えない。それでもやはり甘く見ていたという人が、相当数いることは間違いないだろう。
日本では危険を除去しようと努力する。川で子どもがおぼれれば、川の管理者の管理責任が問われる。私などは、川の管理責任を言う前に子どもに泳ぎ方を教えるなりする方が合理的だと思う。でもそうはならない。危険を放置することが悪いそうだ。
しかし、山から危険を危険を除去するなど不可能だ。こちら側で危険に対処する方法を学ぶしかないのだ。過保護な環境になれた日本人が自然の中に出て行く…事故がおきるのはある意味当然なのかもしれない。

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