道迷いから、行方不明…あるいはおろくさんへ到る道
「道に迷ったら沢を下ってはいけない」
ちょっと山歩きをやっているものなら、皆知っている格言。沢を下ればどうなるか…嫌に成るくらい悲しい結末を知っているからだ。沢を下りさえしなければ助かった…そういう事件を何度も見聞きして出来上がった格言でもある。でも沢を下る人間は後を絶たず、従って悲劇も繰り返す。
私は恥ずかしいことに、途に迷い沢を下ったことがある。格言も知っていて、どうなるかも嫌というほど分かっていて…。なので、沢を下る人間の心境は理解できる。私が生きて戻れたのは運が良かったことと、師匠にしごかれていたおかげだ。でも、無傷では戻れず、肋骨2本と引き換え。師匠にしごかれていなければ死んでた。確実に。
なぜ、危険と分かっていて下るのか…
下ると決断した段階で死は覚悟していた。少なくとも私は。それでも、下ることで生き延びられるのではないかと思う。登るという選択肢は頭の中に浮かばない。決断を下す前に歩き回り、疲れ果て、登る体力など残っていないから。冷静に考えれば、この段階で生存の可能性は、ほぼゼロ。疲労の蓄積した状態で沢を下れば滑落するに決まってる。でも、正常な判断が出来る状態ではない。だから、いくら「道に迷っても、絶対に沢を下ってはいけない」と言っても無駄。沢を下り…死ぬ。
なので私は
「道に迷ったら沢を下ってはいけない」
という格言は役に立たないと思う。
ではどうするか。
「道に迷うな」
これに尽きるし、これしかないと思う。
なので、これに全力を注ぐ。
迷ったら死ぬ…そのぐらいの覚悟で。
「それでも迷ったらどうするか?」
結構聞かれる。
「その場から動くな」
が答え。
「道に迷った。戻れない」
そう分かった段階で自力での復帰は諦めろ。
この段階でなら体力もまだ残っているだろうし、ビバークにも耐えられる。救助を待つ方が、生還できる可能性ははるかに高い。この段階で更に動けば、遅かれ早かれ力尽き、沢を下る羽目になる。だから動くな。下れば死ぬのだ。
道迷いを防ぐのは、やってみると意外と難しいものではない。ナビゲーションの技術を身につけ、歩いている最中に頻繁に自分のいる場所を確認する。これだけ。私は何度も歩いている道でも、分岐では必ず地図で確認する。苦い経験と恐怖がそうさせる。そうしていれば間違い自体が防げる。もし間違ったとしても、頻繁に確認さえしていれば復帰は簡単。大事に到る可能性は少なくなる。
そのために地図、コンパスは常時携帯。
いつでも直ぐに出せる場所にしまう。
頻繁に現在地の確認。
これだけを実行するだけで、道迷いの犠牲者は減る。
逆に言えば、これをやらないから犠牲になる。
場合によっては、イタリアのようにナビゲーションが出来なければ山歩き自体が出来ないようにするのも効果的なのでは?サインが充実→地図いらない…では、犠牲者は減らないと思う。
それから警察もキチンと交通事故の犠牲者のように、その山域でも犠牲者の数を出したほうが良いのではないか?山歩きに絶対の安全などあるはずも無い。危険は危険としてキチンと教えたほうが心構えも変わるだろうし…。もっとも本当に日本人がやるとは思えない。犠牲者を減らすことより商売大事のお国柄だからな…この国は。
ちょっと山歩きをやっているものなら、皆知っている格言。沢を下ればどうなるか…嫌に成るくらい悲しい結末を知っているからだ。沢を下りさえしなければ助かった…そういう事件を何度も見聞きして出来上がった格言でもある。でも沢を下る人間は後を絶たず、従って悲劇も繰り返す。
私は恥ずかしいことに、途に迷い沢を下ったことがある。格言も知っていて、どうなるかも嫌というほど分かっていて…。なので、沢を下る人間の心境は理解できる。私が生きて戻れたのは運が良かったことと、師匠にしごかれていたおかげだ。でも、無傷では戻れず、肋骨2本と引き換え。師匠にしごかれていなければ死んでた。確実に。
なぜ、危険と分かっていて下るのか…
下ると決断した段階で死は覚悟していた。少なくとも私は。それでも、下ることで生き延びられるのではないかと思う。登るという選択肢は頭の中に浮かばない。決断を下す前に歩き回り、疲れ果て、登る体力など残っていないから。冷静に考えれば、この段階で生存の可能性は、ほぼゼロ。疲労の蓄積した状態で沢を下れば滑落するに決まってる。でも、正常な判断が出来る状態ではない。だから、いくら「道に迷っても、絶対に沢を下ってはいけない」と言っても無駄。沢を下り…死ぬ。
なので私は
「道に迷ったら沢を下ってはいけない」
という格言は役に立たないと思う。
ではどうするか。
「道に迷うな」
これに尽きるし、これしかないと思う。
なので、これに全力を注ぐ。
迷ったら死ぬ…そのぐらいの覚悟で。
「それでも迷ったらどうするか?」
結構聞かれる。
「その場から動くな」
が答え。
「道に迷った。戻れない」
そう分かった段階で自力での復帰は諦めろ。
この段階でなら体力もまだ残っているだろうし、ビバークにも耐えられる。救助を待つ方が、生還できる可能性ははるかに高い。この段階で更に動けば、遅かれ早かれ力尽き、沢を下る羽目になる。だから動くな。下れば死ぬのだ。
道迷いを防ぐのは、やってみると意外と難しいものではない。ナビゲーションの技術を身につけ、歩いている最中に頻繁に自分のいる場所を確認する。これだけ。私は何度も歩いている道でも、分岐では必ず地図で確認する。苦い経験と恐怖がそうさせる。そうしていれば間違い自体が防げる。もし間違ったとしても、頻繁に確認さえしていれば復帰は簡単。大事に到る可能性は少なくなる。
そのために地図、コンパスは常時携帯。
いつでも直ぐに出せる場所にしまう。
頻繁に現在地の確認。
これだけを実行するだけで、道迷いの犠牲者は減る。
逆に言えば、これをやらないから犠牲になる。
場合によっては、イタリアのようにナビゲーションが出来なければ山歩き自体が出来ないようにするのも効果的なのでは?サインが充実→地図いらない…では、犠牲者は減らないと思う。
それから警察もキチンと交通事故の犠牲者のように、その山域でも犠牲者の数を出したほうが良いのではないか?山歩きに絶対の安全などあるはずも無い。危険は危険としてキチンと教えたほうが心構えも変わるだろうし…。もっとも本当に日本人がやるとは思えない。犠牲者を減らすことより商売大事のお国柄だからな…この国は。
コメント
コメントを投稿